小説の技巧の限りを尽くした奇書。本が世界を侵食し、頭がおかしくなりそう。

グールド魚類画帖

グールド魚類画帖

時代は19世紀、本書の主人公「ウィリアム・ビューロウ・グールド」はイギリスの救貧院で育ち、アメリカに渡って画家オーデュボンから絵を学ぶ。しかし偽造などの罪で、英植民地タスマニアのサラ島に流刑となる。科学者として認められたい島の外科医ランプリエールは、グールドの画才に目をつけ、生物調査として、彼に魚類画を描かせる。ある日、外科医は無惨な死を遂げる。グールドは殺害の罪に問われ、海水が満ちてくる残虐な獄に繋がれる。絞首刑の日を待つグールド……その衝撃的な最期とは?歴史、伝記、メタフィクションマジックリアリズムポストコロニアルなどの趣向を凝らした、変幻自在の万華鏡。奇怪な夢想と、驚きに満ちた世界が展開される。世界で絶賛され、今年度「最高」の呼び声も高い、タスマニアの気鋭による力作長編。4色魚類画12点収録。

   
すごい本なのは私にだって分かる。でもどんなに私が言葉をを尽くしても、私の表現ではこの本の「重み」は伝えられない諦念が、感想文書く前からはっきりと分かる。そのぐらい重厚で圧倒的な本。↑の「あらすじ」も確かに「あらすじ」ではあるのだけれど、そこから零れ落ちてしまった本の奥行きを皆さんにも感じてほしい。この本はもっと多重構造だし、物語は過去に未来に、現実と幻想の間に、フィクションとノンフィクション、そしてメタフィクションを自由に飛び回る。主人公も読者も言葉の持つ大きな力に打ちのめされる小説なのだ。読んでもらい、そして混乱を味わってほしい。
基本的には「訳者あとがき」にある物語の着想や、「十二の魚をめぐる小説」の副題にも書かれていた通り、(実在の)グールドが描いた12匹の魚の絵が全12章に当てられている小説である。12匹の魚たちは登場人物たちでもあり、章ごとにその魚が描かれた経緯を語り、絵の本当のモデルを明らかにする手法で書かれている。魚の絵が登場人物の誰になるのか、誰が魚になるのかという物語にも惹き寄せられるけれど、この本はそれが12回繰り返されるだけの単純な本では決してない。
現代が舞台の1章の最後で、グールドの「魚の本」を見つけた男に起こる奇妙な体験に心奪われたと思ったら、2章からはサラ島に囚われて海に浮かぶグールド自身の物語になる。そこからは誰もが病んで、それ故に残酷な世界が細部まで描写される。最初は流刑地・サラ島という閉鎖された狂った世界の、電波系の話と思っていたが、実は一定の秩序と論理があって、登場人物たちは妄信・固執している考えに忠実に従って行動しているだけであるというのが分かる(←この状態を電波というのかもしれないけれど…)。特に私は、グールドと共に独房にいる「王」の存在が面白かった。狂った頭が生み出した幻想と思っていると…、というのが後から判明する構成になっているのが心憎い。また、イタリック体・ゴシック体など文字の書体により人物の会話の癖を表現したり、登場人物を色々な呼称で示す技巧も面白い。登場人物は本名・あだ名・魚の名前・皮肉めいた呼称などなど、数々の名前を持っていて、その時々で名前は使い分けられる。一瞬「誰?」って思うのだけれど、考えを巡らせると判明する名前の使い方に何度も痺れた。
物語終盤は電波とは違う混乱が私を襲った。はっきり言って終盤の展開に理性は麻痺し訳が分からないのだけれど、身体は無意識に熱を帯び興奮していった。まさか、こんな展開・こんな構造になっているなんて!と驚かされるばかり。完全に言葉に参った。小説ってすごい、と感心しきりの一冊です。
なお、実在のグールドが描いた魚の絵は全36葉。もし36匹全ての物語だったらどうなる…!?と夢想しています。

グールド魚類画帖グールドぎょるいがちょう   読了日:2006年03月20日