ぬしさまへ しゃばけシリーズ 2 (新潮文庫)

ぬしさまへ しゃばけシリーズ 2 (新潮文庫)

きょうも元気に(?)寝込んでいる、若だんな一太郎の周囲には妖怪がいっぱい。おまけに難事件もめいっぱい。幼なじみの栄吉の饅頭を食べたご隠居が死んでしまったり、新品の布団から泣き声が聞こえたり…。でも、こんなときこそ冴える若だんなの名推理。ちょっとトボケた妖怪たちも手下となって大活躍。ついでに手代の仁吉の意外な想い人まで発覚して、シリーズ第二弾、ますます快調。


シリーズ2作目。このシリーズで表立って見えるのは一太郎や妖(あやかし)たちの安穏な生活という明るい面だけれど、その深部には江戸の町民の暮らしの不安や閉塞感という暗い面もある。本書ではそれが特に顕著で、自分の暮らしをより良くする事を望む人たちが、その願望を「娑婆気」によって歪めてしまう事件が多かった。本書での事件の舞台は全て(商)店である。店主やその家族は店の繁栄を画策し、奉公人たちは店主に怒鳴られながらも生きるために働き、心中で覆せない格差を痛感する。その願望と鬱屈が事件の背景となってしまう。
前作と同じく一太郎を主人公・安楽椅子探偵(病床寝込み探偵?)に置きながらも、各短編で前作の脇役たちが事件に深く関わっている。一太郎だけでなく、各登場人物を深く掘り下げる事によって、シリーズに広さと深さが出てきている。
しかしミステリとしてみた場合、多く不満と疑問が残る短編もいくつかある。事件の背景を書き込むには50ページの短編では短すぎるのだ。いくら若だんなが妖(あやかし)の助けは借りるとはいえ事件の背景や動機まで即座に把握できるかは疑問。江戸町民の粋や人情、更には推理帖としての謎解きの面白さを感じる前に物語だけが独り進んでいってしまう印象を受けた。後半の展開の速さには足がつんのめりそう。広義のミステリとしても手掛かり・説明が足りないのでは。

  • ぬしさまへ」…手代・仁吉に懸想文を送った娘が、火事の日に堀で浮いて発見される。仁吉が疑われるが…。表題作の割には地味な内容の作品。火事の日の因縁、という点で話をまとめたのは上手い。だが、犯人特定の手掛かりや人の危うさ・恐ろしさ、心の鬼を描くのにはには書き込みが少々足りない。
  • 「栄吉の菓子」…若だんなの幼友達・栄吉が作った菓子を食べた途端、隠居が苦しみ死んだ。不味い菓子は人をも殺すのか…? 動機を持つ容疑者4人と思わせてのこの結末は意外な真相であるけれど肩透かしでもある。世間の厳しさを知っていく若だんなと共に、栄吉の成長(菓子作りの腕前)も今後の楽しみ。
  • 「空のビードロ」…若だんなと縁が深い松之助の奉公先で犬猫殺しが多発する。松之助が直面する厳しい現実とは…。前作の続編。犬猫殺しの犯人よりも松之助を思い止まらせたビードロの持ち主に物語の主題がある。1編目と同じでしたたかな上昇志向や奉公人の内に溜めている我慢が事件の背景に存在する。
  • 「四布の布団」…新調した布団は夜ごとすすり泣く。仕立てた店に若だんなたちが訪れた時、店で死体が現れて…。本書では小物の妖(あやかし)鳴家がコミカルに活躍している。殺人犯と狂気消失が謎に、妖たちは若だんなの目となり耳となりルミノール反応になる。科学捜査の一部を妖が担当している点が面白い。
  • 「仁吉の思い人」…色男の仁吉が失恋!? 千年前から始まる仁吉の恋物語とは…。ミステリというよりは、かなりキャラクタ重視だけれど本書ではこれが一番かな。テーマは妖と人との恋。なるほど最初から伏線は用意されていたのか。その内容だけでなく小道具の使い方や構成の上手さを味わえる短編。
  • 「虹を見し事」…ある日突然、妖たちが若だんなの前から姿を消す。これは誰かの夢の中の出来事なのか…? ラストが駆け足で腑に落ちない点も残るがこれも好きな短編。願えば叶う夢のような世界が見せる甘さと剣呑さ。日常の隣の世界で一太郎はたった一人きりで答えを導き出す。一太郎が周囲の者の大切さに気づく事件であるが、同時に切ないラストの余韻は物語の掉尾を飾るに相応しい。

ぬしさま   読了日:2007年11月20日