エンジェル エンジェル エンジェル (新潮文庫)

エンジェル エンジェル エンジェル (新潮文庫)

コウコは、寝たきりに近いおばあちゃんの深夜のトイレ当番を引き受けることで熱帯魚を飼うのを許された。夜、水槽のある部屋で、おばあちゃんは不思議な反応を見せ、少女のような表情でコウコと話をするようになる。ある日、熱帯魚の水槽を見守る二人が目にしたものは―なぜ、こんなむごいことに。コウコの嘆きが、おばあちゃんの胸奥に眠る少女時代の切ない記憶を呼び起こす…。


梨木さんの文章はいつの間にかに心の奥深くにまで入り込んで、心をかき乱す。文章が難解な言葉で書かれている訳ではない。むしろ平易な言葉と言っていい。描かれているのは熱帯魚の小さな世界と、かつての少女の切ない記憶という極めて日常的な生活風景。そして本書は、とても短い小説である。なのにラストに向かうに従って、とても高尚で根源的な事を考えさせられる。優しさも醜さも、神も天使も悪魔も、人間世界の全てを、この小説はいつの間にかすっぽりと包んでしまうのだ。時の流れ、人間の哀しさがギュッと折り畳まれた大きな物語
夜中にひっそり会話する少女と老婆。主人公・コウコにとってはおばあちゃん「さわちゃん」との会話。だが、おばあちゃんにとっては「コウちゃん」、コウちゃんと呼べなかった少女との幻の会話。奇妙なバランスの上に成立する、「無理で不自然な」会話。短い作品の中の全ての単語、全ての文章の放つ光が、屈折し反射し、もう一度、物語を照らす構造が素晴らしい。言葉は以前とは違う方向から、以前とは違う温かさを帯びて注ぐ。しかし、時にそれは自分の隠された残酷な影をも黒々と浮かび上がらせてしまう。この世界に存在するのは天使だけではない…。
この物語の結末はとても残酷だ。交互に語られるコウコとサワコ、二人の少女と、二人の祖母との物語。過去の物語の糸は、現代の糸と絡まり合い二重の螺旋、生命の繋がりを紡ぐ。だが、その螺旋は最後まで完全には寄り添わない。過去の糸は途切れ、残された現代の糸は一本で独自の物語を紡ぎだす。そして、現代の糸が手繰り寄せる、伝わる事のなかった「彼女」の意図。この優しさに溢れながら、しかし残酷過ぎる運命の、時間の奔流が一気に私に押し寄せた。
文庫版の解説が短いながらも、的確で濃密。私が感想を書く必要を感じさせないほどに素晴らしかった。同じ小説を読んで、どうしてこうも違うのだろう…。

エンジェル エンジェル エンジェル   読了日:2007年01月29日